全ての人々に伝えたい。
障害も鬱も「自分というパズルのピース」を知るための天からのギフト
私は全ての人々が充実した人生を送るためのガイド役として
みんなの太陽として、行動し続けます
>> 詳しくはこちら

日々の日常 障害と私

過去最大のピンチ、四肢障害の私が右腕骨折!骨折奮闘日記⑩手術翌日

奉子です。私の骨折奮闘日記10回目は手術翌日のお話。

さすがにこの日は足の血栓防ぐための機械が気になって、「早く朝が来てくれ」と強く願っていたのを覚えています。

朝がやってきた。私動けるのかなあ

朝

手術翌日の朝がやってきました。

さすがに昨日の今日で、しかも生理中。身体起こすのも結構キツかったのを覚えています。

足には血栓防ぐための機械、右腕はしびれて動かない。左手は点滴

 

しかし7時半には、おかゆとかではない、普通のいつも通りの朝ご飯がやってきました。

身体はベッドがボタンで起こせるのでなんとかなりましたが、さすがに機械が付いたままでいつものサイドに足を降ろして食べることはできませんでした。

 

頭も半分ボッーとしてだるい状態で、看護師さんにプラスチックのスプーンを取ってもらい、今日から右手が一切使えないので、左手で頑張るしかない。

 

さすがにパンの袋の開封や、左手だけで牛乳のストローを外して刺すことはまだできず、そこは看護師さんに手伝ってもらいました。

上手く食べられず、食事をパジャマの上に落としそうな気もしたので、簡易エプロンももってきてもらいました。

 

ただですら苦手な、投げ座りの状態で、しかもまだ頭もボッーとした状態。

それで左手だけで本当にひとりで食事ができるのか?と思いました。

看護師さんにも「無理だったら食事介助するから、ナースコール押してね」とも言われました。

 

しかし、実際は

 

自力で最後まで時間内に左手だけで朝食を食べきったのです。

 

自分でもちょっとびっくりしました。

左手だけということと、このボーとした状態でも食事がきちんといただけたということ。

 

スプーンとフォークなら、手伝いなしに左手だけで食べられるんちゃうん?

いや、まあやるしかないけど、頑張ろう。

 

今日からリハビリあるよ。そしてついに足が自由に

前へ進む

いつも朝10時頃に看護師さんが巡回されるのですが、そのときについに、うっとうしかった足の血栓を防ぐための機械とおしっこの管を抜いていただけました。

 

足が軽い!やったーー!

ってことは自分でトイレに行けるってことだけど、さすがにこの右手の重さは・・自力で歩けない。

今日はナースコール押して連れてってもらおう

という結論に達したのですが、私のベットの上には「12月5日より独歩可」と書いてありました。

「いや、さすがにまだキツいよ。午後はどうかわからんけど」が正直なところでした。

 

さらに看護師さんより「今日からリハビリあります。時間は初回だからまだわかりませんが、PTとOT両方あります」

と告げられます。

「おお、これが噂の手術の翌日からのリハビリね。楽しみ楽しみ」と思いワクワクしました。

 

昼食は手術前に決めたベッドサイドで足を床について座ることができたので、ずいぶん楽になりました。

昼食後に最初にUPしたInstagramがこちら

 

これをUPした直後、InstagramやリンクしているFacebookにかなり多くの反響がありました。

「ああ、みんなすごく心配してくれてたんだ。ありがたいな。私が今日そこそこ元気でUPできる状態でよかったな」

と心から思いました。

初日のリハビリは歩行と、ベッドサイドでの手の動きチェック

手すり

お昼を食べてしばらくして、病院の理学療法士さん(PT)と作業療法士さん(OT)さんが来られました。

初回なので、PTは手を引いてもらいながらの病棟内での歩行。

OTは私の左手の可動域チェックおよび、手術した右手の指先を動かす練習でした。

 

OTさんには「右手をやられてしまい、この使いづらい左手をリハビリでもうちょっとなんとかしたい」ということをかなり訴えました。

OTさんが調べたところ、思ったより動く余地が多く、やりがいはあるとのことでした。

 

そして、右手は完全にしびれた状態で指を動かすのが結構キツかったのを覚えています。

手術前に神経の近くを触るので手がしびれるのは聞いていましたが、何日かかるのかはさすがに不安でした。

じ、上司からのメール。何?電話くれ、マ、マジか((>_<)

電話する

そんなこんなの夕方、会社の上司からメールが届きます。

「手術が無事成功したと聞きました。よかったです。早速ですみません。お手すきのときに○○の件でお電話ください。」

 

「な、なんですと!このまだひとりで歩くのもフラフラで、病院ですら手すりが必要な私に電話しろと。マ、マジかよ((>_<)」

 

と心の中で思ったのは本当ですが、要件が引き継ぎし損ねていることだったので、夕方フラフラしながら電話可能スペースまで行って、会社に電話して仕事の話をしたのは本当です。

 

やっぱり、私がほぼのメイン業務を持っているままで、急きょ勝手にケガして休むのはきっついです。

 

ちなみに私は手術が無事終わったことを上司にメールしたわけではないのに、どうしてそんなメールが来たのかと申しますと、私のInstagramとFacebookは社長がフォロワーの中にいらっしゃり、社長が私の上司に

「○○さん無事に手術終わったみたいやで」と、いう感じで、社内に自然と伝わったんだろうなあと。

 

私は翌日ぐらいに上司に自分からメールしようと思ってたのですが、Instagramで社長とつながっているのを認識してなかった。私残念!

 

最後は手術翌日のとても美味しかった病院食記録です。

入院して食べた中でも、これが一番美味しかったかなあと今でも本当に思います。

 

左手の本格的なリハビリも始まり、ここから私の骨折入院生活も、上昇気流に乗り始めることになります。

 

-日々の日常, 障害と私

© 2024 Vielife