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日々の日常 障害と私

過去最大のピンチ、四肢障害の私が右腕骨折!骨折奮闘日記⑱足のリハビリ時間足りん!

奉子です。私の骨折奮闘日記18回目は手術日以降のリハビリが始まって、まずぶち当たったことをお話します。

リハビリ時間短すぎ。先生に追加リクエストする私

リハビリ2

通常、病院のリハビリ時間は1単位が20分という決まりがあり、病気の内容によりその時間が2単位の40分だったり場合によっては3単位の1時間もあるかもしれません。

しかし、急性期の病気の場合はひとりの持ち時間1回20分のようなのです。

手術して翌々日から、ベッドサイドではなく、リハビリ室でのリハビリに切り替わり、私の場合はPT(理学療法)とOT(作業療法)と連続で時間が設けられていました。

 

ただ、私はもともと慢性期の病気「脳性麻痺」という生まれつきの障害があります。

この脳性麻痺のリハビリ(PT)は私もずっと地元京都で受けていて、このリハビリ時間は2単位の40分。

しかしこの病院では20分。

 

骨折して全身硬直状態の私の足をたった20分で何かできるっていうん?

ウォーミングアップして終わりやん。

 

さらに残念なことに、この病院のPTの先生は、脳性麻痺の患者自体をあまり見たことがなかったのです。

普通の骨折患者なら歩けるようになったら退院できるところ、

 

私「先生、私の家はベッドではなく布団です。今の私は右手が使えない以上、左手だけで床から立ち上がることもできません。

靴下も靴も右手が使えないと、自分で履くこともできません。」

の言葉に先生唖然。

 

「え?家が布団!いったい何をリハビリの目標としてすれば・・・左手で床に手をついて立てるようにかな?」

どうみても先生は肘骨折+脳性麻痺の人間は見たことがなく、パニック状態。

私「左手で床から立つて、今まで元気な時も出来たことないのに、先生無茶すぎる・・・」(心の声)

持病のPTの先生の電話した私「先生、私どうしたらいい?」

このあまりにも元々の私の脳性麻痺という病気を知らない先生に私は困り、ある行動に出ます。

京都の病院のリハビリの先生に電話をします。

事情を全部話し、家が布団であることも含め、私は2週間で何を目標にすればいいのかを尋ねます。

 

するとリハビリの先生はこう私におっしゃいます。

「2週間で左手だけで床に手をついて立つのは無理だから、何か手をつける台とか椅子とか買ってきて、膝立ちから立つ練習したら?

それなら2週間で問題なくできると思うしね。それと病院のPTの先生に奉ちゃんの脳性麻痺の状態がわかんなくて困るんなら、いくらでも協力するって言っといて」

 

という私の元の状態をよくわかっている私の京都のリハビリの先生の助言を病院の先生に伝えました。

それ以降は病院のPTの先生も「なんだ。台ありきでいいならできるよね」という感じでスムーズにリハビリが進みました。

 

ただ、問題は持ち時間でした。

元々の病気のリハビリだけに本当は40分も使っていた私に、動作訓練も合わせて20分では何にもできませんでした。

そこで、私はまた先生にお願いをします。

「医師の許可があればもう1枠増やしてもらえるなら、先生お願いですからもうひと枠増やしてください。時間が本当に足りません(泣)」

 

本当に延びたリハビリの時間(驚)楽しい先生との会話

ありがとう

私の「リハビリ時間増やして」の熱い熱意は先生に伝わり、リハビリの2週目から気が付いたら40分に増えていました。(#^^#)

さらに2週目からは先生ともかなり仲良くなり、いろんな話をするようになりました。

私はいつも朝一番のリハビリだったのですが、先生に「私、いつも朝一ですけど、朝一って人気ないんですか?」と聞くと先生はこうおっしゃいました。

 

「実は朝一番は確実にリハビリできる人を入れたいんです。骨折とかだけならいいんだけど、病院は、他の疾患持っている患者さんも多くて、リハビリ迎えに行ったら「今日はしんどいし止めるわ」って断られることが結構あります。

ひどいときは3人連続お断りとかもあってそれって結構こちらとしても気持ちが下がるんです。

だから朝一番の始めは絶対断ることのない確実な人を入れて、始まりはこちらとしてもエンジンかけたいから」

 

という裏話も聞きました。

私がセルフケアで取り入れているさとう式リンパケアの靴下を履いてリハビリに行ったときは、その靴下に先生も興味津々。

「このつくり凄いなあ。」という具合。

この話をしたその日に先生もさとう式リンパケアをググって、「自分の友達でこんなのにすごく興味がある人がいるし伝えるわ。」という楽しい会話もしていました。

 

入院していて一番楽しかったのはリハビリの時間でした。

今でも本当に思うのは、やっぱり思ったことは言えば変わるかもということです。

身体は動かないかもしれないけど、口は人並み以上に動く私の熱意で物事は好転していきました。

 

OTの先生(手のリハビリ)との話は次回に続きます。

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